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宮沢賢治:東北砕石工場について(1)
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 6月16日、JR大船渡線「陸中松川」駅前にある、『石と賢治のミュージアム』東北砕石工場を見学しました。もともと1998年2月の「週刊金曜日」のコラムに作家の林 郁さんが「デンマークのケンジ・ステファン(1944生)から、岩手県東山町の実家の話と複写の古写真が届いた」として、賢治が死の直前に働いていた東北砕石工場の話が紹介された。そして、工場主の縁者であるケンジ・ステファンさんについて、「親の苦労を見て育ったケンジさんは23歳でデンマークに渡る。現地の女性と結婚、国籍をとり、大使館を辞め、環境問題に取り組むため、研修所<風のがっこう>を創った。賢治が教師を辞め<羅須地人協会>を創ったように。」
 林さん達は、デンマークのケンジさんの「風のがっこう」を訪問され、次のように書いておられる。「デンマークの再生エネルギー・風力、バイオガス、ソーラーや地域の廃棄物処理を学び、環境保護法や1985年に原発を否決した賢さに頷く」と。賢治の羅須地人協会が、ウィリアム・モリスの社会主義や実践を日本の花巻で継承、さらに今日は賢治の羅須地人協会がデンマークの「風のがっこう」に受け継がれ、自然再生エネルギーによる脱原発になって歴史を変えている、そう感じました。そうなれば現場の東北砕石工場を見て、賢治の活躍を調べ直そう、そんな目的での「陸中松川」行きでした。NPO法人シニアネット仙台「賢治教室」の10人が同行しました。

 じつは「東北砕石工場」行きには、もうひとつの目的があります。それは、賢治が花巻農学校を退職、羅須地人協会を始めたものの病気で倒れ、協会を再開しないまま砕石工場の「技師」として働き、病気再発で世を去ってしまった。この間の砕石工場と「技師」賢治の位置付けです。林さん達もそうでしょうが、賢治は羅須地人協会を病気のため中断したあと、病気が一時回復したので、協会の活動の継承発展として、砕石工場の技師として働いた、しかし病気が再発、協会の再開が出来ないまま、生涯を閉じてしまった。拙著『賢治とモリスの環境芸術』で紹介した協会の生徒で、満州事変に出征したい伊藤与蔵さんの「賢治聞書」など、羅須地人協会の再開は賢治も生徒も当然のこととされていた。だからこそ、砕石工場の縁者が、デンマークの地で「風のがっこう」として、協会が継承されている、こんな評価が出来ると思います。
 ところが宮沢賢治の研究者の中には、とくに文学系統の研究者に多いようですが、全く別の理解をしているようです。花巻農校の退職時に「農民芸術概論綱要」を書き、羅須地人協会の活動を始めたが、権力の弾圧や病気で2年半で挫折し敗北。賢治は病気回復の中で、それまでの考えや行動を反省し、志を変え転向の末に、砕石工場の技師としてサラリーマンに変身、モーレツ社員として働かされて、遂に働きすぎの「過労死」、賢治は絶望の果てに死を迎える悲劇の人物だった。ざっと、こんな筋書きになるのです。

 しかし今回、陸中松川の砕石工場を訪れ、「石と賢治のミュージアム」で、我々シニアネット仙台を待っていたシニア・ボランティアの女性の熱のこもった説明を聞く限り、宮沢賢治「技師」の実像は、一部の文学研究者の虚像とは違いました。さらにミュージアムの館長だった伊藤良治さんの『宮沢賢治と東北砕石工場の人々』(2005年国文社)刊を、記念に買い求めて一読した限り、詳細な実証研究により賢治の実像がはっきりしてきました。「農民芸術概論綱要」から羅須地人協会の宮沢賢治は、その継続発展として砕石工場の技師として働き、倒れた。「銀河鉄道の夜」、そしてイーハトボの夢に生き抜いた。そんな賢治の実像を、もう少し検討したいと思います。
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by kenjitomorris | 2012-06-24 11:30
平凡新書『ウィリアム・モリスのマルクス主義:アーツ&クラフツ運動を支えた思想』上梓されました。
 本欄で長い間、少しづつ断片的に書き続けてきたモリス論、ようやく全体をまとめて『ウィリアム・モリスのマルクス主義』、副題を「アーツ&クラフツ運動を支えた思想」として、この6月の平凡新書の一冊として出版されました。そろそろ店頭に並ぶものと思います。モリス研究は、経済学から、マルクス研究から入りましたので、マルクスからモリスへの発展をテーマとしましたが、モリスの社会主義思想が、「アーツ&クラフツ運動」の発展として、芸術社会主義や共同体社会主義と呼ばれる点を、中心テーマにして書き上げました。19世紀社会主義の思想は、もともと働く喜びを取り戻し、暮らしに美しい芸術を取り入れる思想だった。旧ソ連のマルクス・レーニン主義とは、似ても似つかないものだと思います。
 「あとがき」に記しましたが「本書の執筆は、<賢治とモリスの館>を訪れて下さったたくさんの方々に説明する、そんな気持ちで書き下ろしました。ご来館の皆さんに、お礼を申し上げます。」ここで重ねてお礼申し上げますが、皆さんに説明させて頂いた内容が、沢山盛り込まれています。僭越ながら、もう一度全体をお読み頂き、モリスの思想をさらに深く、十分に御理解頂ければ有難いと存じます。さらに、ご高評頂ければ、これからの研究に役立てることが出来ます。
 第四章「現代に蘇るモリスの<共同体社会主義>」では、サブタイトル「東日本大震災と近代文明の大転換」として、近代機械文明、科学技術主義文明の批判者としてのモリス、そして『農民芸術概論綱要』でモリスの労働論を受け継いだ宮沢賢治の文芸思想の今日的意義を取り上げました。この新書の執筆の途中で、3・11の大震災に遭遇、停電などの影響も受け、津波に流される夢をみながら書きました。それだけに、モリスを受け継いだ宮沢賢治のメッセージ、「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」の賢治精神を受け止めようと思った次第です。
 御照覧下さい。
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by kenjitomorris | 2012-06-17 19:22



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