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3・11文明の大転換とモリス・賢治の環境芸術(6)
 3・11大震災は、福島第一原発事故によって、世界から注目され、救援の手も差し伸べられました。その点で未曾有の事件と言えますが、最大の関心が集まったのは、やはり原発事故だった。日本人とともに、原発の安全神話の崩壊に、世界中が強い衝撃を受けたと思います。原発事故としては、米のスリーマイル島、ソ連のチェルノブイリ、それらに続く事故ですが、①その規模が大きいこと、②世界でトップレベルの技術立国での事故であること、さらに言えば③広島・長崎の原爆の被曝国であること、など特に関心が寄せられたと思います。西欧を中心に再び脱原発、自然再生エネルギーへの転換に拍車がかかることが予想されます。
 言うまでもなく原爆も原発も、原子力の利用です。軍事利用が原爆であり、平和利用が原発です。原爆が広島・長崎への投下により、人類の絶滅に繋がる危険を証明し、今や核兵器の廃絶に進もうとしている。平和利用の原発もまた、福島第一原発事故により、安全神話の崩壊と共に、広島・長崎の原爆投下の何倍も上回る放射能の被曝や汚染をもたらすことが明らかになった。近代社会の科学技術文明の到達点が原子力であるとすれば、核兵器廃絶はまた、脱原発にならざるをえないし、それは再生可能な自然エネルギーへの回帰でなければならない。それにより近代文明の超克が図られる、大きく重い人類の世界史的課題が提起されたと言えます。
 モリスが国家社会主義を批判し、『ユートピアだより』など、共同体社会主義を主張したについては、すでに述べたとおり高度工業化による帝国主義への世界史の転換があった。そして、「戦争と革命」の二〇世紀は、国家主義に基づく2度の世界戦争、さらに半世紀もの長期の冷戦時代を経験した。こうした国家主義による熱戦・冷戦の戦時経済体制の中で、近代科学技術文明も異常な発展を遂げ、原子力の利用をもたらした。しかし、ポスト冷戦の世界史的転換の中で、3・11大震災は科学技術至上の原発「安全神話」を瞬時に崩壊してしまった。世界史は、いま何処へ行こうとしているのか?
 帝国主義の時代は、国家主義の台頭と共に、国際対立が激化し、国家社会主義と国家資本主義の東西対立の冷戦時代となった。核軍拡が推進され、その「鬼子」とも言うべき原発も産み落とされた。90年代、ポスト冷戦は市場経済をグローバル化し、それを背景に「ネオコン」の市場原理主義による米一国覇権主義の「グローバル資本主義」イデオロギーが登場した。しかし、08年リーマンショックの世界金融恐慌は、市場原理主義の破綻と没落をもたらした。米を先頭とする財政・金融の総出動による金融恐慌の乗り切り策も、日本を始めとする欧米各国の長期債務の借金財政を急膨張させた。金融恐慌は財政危機に発展、国家主義の経済的破綻を決定的にしています。
 金融破綻と財政危機を抱え込んだ世界市場のグローバル化は、いま歴史的な再編を迫られている。基軸通貨ドルによる米・一極覇権主義のグローバル支配の夢が破れたアメリカは、北米自由貿易協定(NAFTA:米・加・メキシコ)を基礎にアジア太平洋に勢力圏を大幅に縮小セットバックし、APEC(アジア太平洋経済会議)によるTPP交渉でドル・ブロックを目指す。ギリシャ、伊をはじめ、深刻な財政破綻を迎えたEU諸国は、ユーロの再建によるブロック化を余儀なくされようとしている。こうしたグローバル経済の再編の中で、社会主義市場経済の中国は、BRICsなど新興諸国、中東・アフリカの諸地域を含めた地域統合を進めることになるでしょう。このようなブロック化への動きが、一歩間違えば1930年代の再現となる。核廃絶が進まぬまま、全面核戦争の可能性が否定しきれない現実に向き合うことになる。
 そうした可能性を予感せざるを得ないからこそ、我々はまた3・11大震災によって提起された、近代文明の大転換という歴史的使命の重大さを真剣に、かつ主体的に受け止めるべきです。ここで最後に、もう一度整理しておきましょう。
 1)高度工業化の基礎となってきた化石燃料、また原子力エネルギーから、再生可能な自然エネルギーによる低炭素化経済(LCE)への転換をはかる。
 2)工業化社会における川上から大量生産―大量販売―大量消費の一方的な流れのシステムに別れを告げ、自然エネルギーの「地産地消」に基づいた地域循環分権型社会システムを構築する。
 3)利便性・快適性や安価な過剰消費を追求するライフスタイルを改め、安全・安心な消費の質的向上に基づく生活の芸術化、そのための「労働の報酬は生きる喜び」への労働価値観の転換をはかる。
 4)家庭・家族・地域の「絆」を大切にした新しいICT共同体「スマート・コミュニティ」の構築を進める
 こうしたICT+LCEの低炭素化社会への環境や条件が成熟しつつあるとすれば、必要なのは我々の主体的な意志決定であり、その実現のための組織的実践でしょう。市場経済による近代的営利企業に限界が見えている中で、非営利の社会的経済主体も増加している現実を見逃してはなりません。
 モリスのユートピア社会主義、そして賢治の描いたイーハトブの世界の実現は、政権奪取の革命や単なる政権交代によるものではない。21世紀、さらに22世紀に向けての人類の新しい文明の創造です。2012年、国連UNは「国際協同組合年」を決定し、世界的に共同体の再構築に向けた行動を呼びかけています。また、すでに1992年、ポスト冷戦を迎え「協同組合の国際デー」を国連総会で宣言しましたが、今や全世界100カ国で、じつに7億6000万人もの組合員が活動しているのです。加えて、日本でも阪神・淡路大震災を契機に災害ボランチティア活動が活発になり、NPOをはじめ各種の社会的企業のコミュニティ・ビジネスの拡大なども注目すべきです。
 19世紀初頭、イギリスのスコットランド、ニューラナークでのロバート・オーエンの実践に始まり、モリスなど西欧の共同体的社会主義の歴史は、広く国際協同組合や各種の非営利活動の運動と実践に受け継がれている。近代文明の歴史的転換もまた、国連による「国際協同組合年」のグローバルな運動展開により、歴史の前進をはかることが期待されているのではないでしょうか。
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by kenjitomorris | 2011-11-14 21:39
3・11文明の大転換とモリス・賢治の環境芸術(5)
 NHKスペシャル「どっこいいきている!」何度か放送されましたが、津波で壊滅的な被害のあった南三陸の漁村の話です。「驚きの孤立集落200人、不屈の復興物語」と紹介されていました。町の被害も大きかったが、行政の手が回らぬまま、見放された形で孤立した集落、しかし漁師の結束は固く、それを女たちがしっかりと支える。中途半端な行政の計画など撥ね退けて、文字通り自力の復興・更生を進めている感動の報告です。漁村の村落共同体=コミュニティが、今なお東北の三陸の僻地に「どっこいいきている」、未曽有の大震災から立ち上がる原動力を見せてくれたと思います。
 復興の掛け声にもかかわらず、計画づくりが進まず、計画ができても被災地住民の合意が得られない。さらに国の責任で復興の約束をしても、財政再建も進められない国家財政を当てにすることはできない。復興の主体は基礎自治体の市町村、と言われても、財源の裏付けがない空虚な主体に過ぎない。こうした中で、被災地住民の焦りは日々募るばかり、生きていくためには行政の力を待ってはいられない。したがつて、住民は自分たちの力で、地域の生活の再建を図る他なくなっています。
 とくに東北の農漁村では、まだまだ地区集落のコミュニティの絆、結束力が残っている。津波の破壊力も強いが、共同体の結束力も強い。その結束力で、行政の力を借りずに、自ら情報ネットの力を利用して漁船を自主的に調達し、さらに建設業者の協力を得ながら道路を造る。高台への移転も単なる移住ではない。集落共同体そのものの移転である。これは、もはや「行政自治」や、上からの分権のレベルを越えている。共同体の「住民自治」であり、「南三陸コミューン」の形成ではないでしょうか?
 こうした大震災の津波が引いた後の共同体の絆の強まりは、国家や行政の無力さの反映にほかなりません。最早、長期の過剰債務に喘ぐ国家に、信頼も期待も寄せられない。自民党の一党支配の長期政権が、民主党に交代しても、国民の生活本位の政治どころか、相変わらずの利益誘導型のばら撒きが続く。とくに大震災に直面して、危機管理の無能ぶりを曝け出した。党内の不和、対立が続くばかりか、首相の座を維持することもできない状態では、それだけでも政治への不満、不安、不信の増大は極限に達します。加えて財政の裏付けを持たない「不渡り手形」の乱発のような復興の政策や計画のばら撒きです。もはや行政は、頼りにならないどころか、むしろ混乱を助長する存在、目障りな無駄に映ってきている。こうした行財政の力の衰えは、現代の国家権力の無力化の表現だし、無政府状態へ移行ではないか?
 国家の役割も、歴史的に大きく変化してきました。近代国家はは、いうまでもなく「国民国家」ですが、日本でも徳川以前の前近代社会には、例えば幕藩体制の統治など、そもそも国家の概念は存在しなかった。近代社会の国民国家によって国家が初めて成立、日本のような後進資本主義では、初期の絶対主義的な国家権力が続きましたが、イギリスなど先進資本主義では、産業革命による経済的自由主義の支配など、小さな政府の「夜警国家」の時代も経過しました。機械制大工業で資本主義が経済的に確立し、資本の力で労働力を自由にコントロールし、社会を組織的に統合支配する傾向が生まれたからです。しかし、19世紀70年代末以降、ドイツ、アメリカなど後進資本主義の追い上げ、重化学工業による産業構造の高度化など、資本主義の世界史的発展に変化が訪れ、国家主義的な傾向が強まりました。
 モリスが『資本論』を読み、機械制大工業による資本主義の支配に批判を強めた、その時期は資本主義の歴史的転換期だった。初期の社会主義の思想も、その転換期を迎えて、イギリスでもマルクス主義が社会的影響力をもち始めた。マルクスは、資本による階級支配の「道具」に過ぎない、「国家の死滅」を考えていたし、モリスもまた国家主義の台頭に批判的意思を固めていました。モリスの反権力の意志は強く固く、従ってプロレタリア独裁型の権力奪取の国家社会主義や国家権力への介入による改良主義、参加型の社会民主主義の戦略にも批判的だった。むしろ無政府主義的な偏りを、エンゲルスから批判されるほどでした。
 20世紀の資本主義は、重化学工業化に基づく金融資本の発展から、帝国主義の国際対立を迎えた。夜警国家の「小さな政府」の時代は終わり、帝国主義戦争のための「大きな政府」、法治国家から政治的な官僚国家・行政国家の時代を迎えた。元々小さな政府は、租税国家の納税者による参加民主主義だったが、大きな政府への発展は、国債発行を前提とした大衆課税と大衆民主主義への転換でもあった。帝国主義戦争は、戦時国債の発行が不可避だし、租税国家も「公債国家」に転換する。また、民主政治も大衆民主主義による組織的動員体制が不可欠になった。一方の戦争の勝利者は、金融資本の帝国主義的植民地支配を強め、他方の敗戦国では、「帝国主義戦争を内乱へ」、そしてプロレタリア独裁型の権力奪取の国家社会主義の革命が必然化し、二度の世界戦争とロシア革命です。「戦争と革命」の21世紀です。
 第2次産業革命とも言われた重化学工業化による金融資本は、コンビナートの産業基盤整備など、19世紀産業革命の機械制大工業による産業資本の社会的組織統合のレベルを超えて巨大化する。株式会社の形式を利用し、産業資金を社会的に一般大衆からも組織的に動員して利用する。大衆民主主義は、「証券民主主義」に発展します。この様な金融資本の発展は、国家と資本との癒着を強め、戦争体制ともなれば、資本が国家を利用するどころか、資本の国家への従属です。とくに第2次世界大戦後、一方の「国家社会主義」のソ連が東の世界を支配し、アメリカを頂点とした西側の資本主義は、対抗的に「国家資本主義」として組織化されました。いわゆる戦後体制の東西2つの世界の対立です。「国家資本主義」と「国家社会主義」は、近代社会の資本主義が20世紀に産み落とした異様な「双生児」だったのではないか。
 レーニンも、金融資本による帝国主義については、名著『帝国主義論』を書きました。科学的分析として、鋭い考察を加えてロシア革命の理論的基礎となった。しかし、社会主義建設については、例えば1920年12月、第8回全ロシア・ソヴェト大会では、電力による重化学工業化の推進を基礎に、「共産主義とはソヴェト権力プラス全国の電化である」と定義し、国家社会主義と呼ばざるを得ないような主張をしています。日本の電力資本が喜びそうなスローガンです。そうしたソ連の国家社会主義に対抗するように、欧米資本主義もまた、国家独占資本主義とか、社会民主主義の参加介入と呼ばれるような発展を進めることになった。特に第2次大戦後は、戦勝国を代表する米ソを頂点とした冷戦構造による東西対立が、半世紀近くも続く異常な時代でした。
 こうした中で、国家の役割もますます強く大きくなる。東西対立は、東が共産陣営のプロ独のイデオロギー、西は「自由と民主主義」の価値観の共有でした。こうしたイデオロギーに基づく体制の組織化は、核軍拡による軍備の増大、完全雇用など社会福祉の拡大、技術開発の推進など、米ソを中心に体制間競争が激化しました。異常な時代の異常な競争でした。最初に破綻したのが東のソ連を頂点とした「国家社会主義」であり、80年代から体制の崩壊、ソ連も呆気なく91年崩壊し、ポスト冷戦を迎えました。中国などは、すでに「社会主義市場経済」の別の道を歩んでいました。
 西のアメリカは、唯一の超大国として生き残りました。ソ連崩壊に連動するかのように、共和党政権レーガン、英・サッチャー、日・中曾根など、新保守主義=新自由主義による、新たな体制の組織化に乗り出しました。しかし、核軍拡の産軍複合体制として組織化されたアメリカ、参加介入で肥大化した「福祉国家主義」のヨーロッパ、いずれも新たな資本主義の発展を期待できない。それどころか、超大国・米一極主義の「グローバル資本主義」を唱導するネオコンに担がれたジュニア・レーガンは、サブプライム・ローンによる金融バブルのリーマンショックで、08年世界金融恐慌の引き金を引くことになった。民主オバマ政権も、「チェンジ・改革」はスローガン倒れのまま、「アメリカ・モデル」は刻々と落日に向かっている。
 「ヨーロッパ・モデル」も、ソ連型プロ独・モデルにはイデオロギー的に対抗し、参加介入の社会民主主義の道を政権交代してきた。しかし、社民型モデルも「福祉国家主義」として、「大きな政府」を推進した。国家主義の枠組みは、国家社会主義と同じであった。モリスが台頭し始めたフェビアン協会に批判的だった理由も、そうしたイデオロギーの枠組みだったし、マルクスの「国家の死滅」とは異質な、参加型「国家の利用」への批判だったと言えます。「大きな政府」の枠組みのまま、アメリカ発世界金融恐慌への財政・金融政策を続ければ、長期債務の借金財政の頚木に締められ、過剰流動性を狙っての為替投機の翻弄され続ける以外にない。
 いま、アメリカ・モデルに続いてヨーロッパ・モデルが破綻する中で、モリスの「国家社会主義」批判と、共同体社会主義の今日的意義を確認する必要があるでしょう。19世紀末、国家主義の台頭する中で、「国家社会主義」のユートピア小説、ベラミー『顧みれば』を批判し、対抗して共同体社会主義のユートピア文学『ユートピアだより』の歴史的意義は大きい。モリスは21世紀、むしろ22世紀を目指しながら、共同体社会主義の夢を訴えていた。今日の国家主義の破綻は、モリスから見れば、ハモンドるじんが語った理想に向かう、一つの不可避的な過渡期の混乱として位置づけられるでしょう。 
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by kenjitomorris | 2011-11-09 09:38
3・11文明の大転換とモリス・賢治の環境芸術(4)
                    『小さな町を呑み込んだ<巨大津波>』
    
                       「自然にはさからえないんです
                        はむかってはならないんです
                  自然と睦みあって、これからもこの命を大事に生きよう。」
                                          やまもと民話の会 編
 福島県の浜通りに接する宮城県山元町、面積は約65Km、人口も1万4千人ほどの小さな町、この町も巨大津波に呑み込まれました。多くの犠牲者を出し、名物だった北寄貝が流され、農家収入を支えた苺の畑も、すべて跡形もなく浚われた。「パソコンもない、机もない、ノートもない、だから真実が書ける」そんな思いで纏めた文集の冒頭の訴えです。「安全神話」の想定値による防災計画が、想定外の巨大津波に無残に押し流され、すべてを失った。その上で小さな漁村の民話の会の女性達が、自然への畏敬による睦み会いの心の大切さ、自然との共生に根ざした人々の助け合いの絆の大切さ、それを確かめ合うために纏めた文集です。地域に生きる生活者、「都人」である市民とは違う、「地人」として地域に生きる女たちの目線で捉えた、復興への確かな視座を学び取ることができると思います。
 3・11大震災の後、沢山のボランティアを含めて、人々の互いに思いやる心、精神的な絆の大切さが、殊更に強調されたように感じます。仙台七夕に全国各地から寄せられた沢山の折鶴を見ても、「復興と鎮魂」のキーワードは「絆」になった。生者の死者との絆です。そして思いやりや助け合い、さらに利己心とは逆の「利他心」が強調される風潮などは、明らかに価値観の転換に他なりません。個人主義や自己中心の利己主義、さらに自立や自主性といった価値観や人生観からの転換です。家庭や家族、地域の連帯の絆を求め、そこからさらに地域の共同体、コミュニティの復権が動き出している。
 しかし、考えてみれば、こうした価値観や人生観の転換の訪れは、逆に戦後の高度成長と近代化の流れの中で、いかに家庭や家族、地域の連帯の絆が引きちぎられ、人々が孤独と孤立の「無縁社会」に生きることになったかを示しています。都市の片隅で増加している孤独死に象徴される無縁社会、それは「血縁」、「地縁」、さらに「社縁」の絆が失われた、人間社会の崩壊現象だった。高度経済成長の近代化の果てが無縁社会の孤独死であり、それに追い打ちをかけるように襲ったのが、今回の3・11平成三陸大津波と原発事故、それによる放射能汚染と集団移転であり、故郷の完全消失ではないのか?
 すでに述べたように、高度成長が始まるとともに、地方の農村の若年労働力が、三大都市圏に大量流出した。この流出現象を、地域開発論の権威は「向都性向」、つまり都会に向かう人間本能から説明しました。人間本能により若者は地方の農村を捨て、自ら労働力を商品化して、サラリーマンとして企業に集団就職したわけです。都市の団地族の仲間入りして近代的な電化製品に囲まれ、ローンでクルマを買い、ローンでマイホームを建て、ひたすら個人の利便性・快適性を追求して自由に生きる。しかし、そうした都市生活は、労働力を商品として売り、サラリーを稼ぐ自由でアトミックな「経済人」の人生である。また、経済人の「核家族」として、共働きで自立を求めて家計を担う市民生活でした。
 この都市サラリーマンの市民生活も、近代社会の工業化による企業の発展と成長が続く限りはハッピーだった。しかし、高度成長から低成長、さらに「暗黒のデフレ経済」が続く中で、企業社会の安全と安定の傘の下で安住することが出来なくなった。企業内の福祉だった、病院や温泉地の保養施設が閉鎖され、会社のグランドは売り払われ、社宅の制度も無くなる。年功序列の終身雇用の制度が崩れ、派遣会社からの非正規雇用の労働力が増加する。企業年金の将来も不安なまま定年退職がやってくる。
 「向都性向」に促されるまま、故郷を捨てた都市サラリーマンは、都市生活者として自ら「地縁」を断ち切って、田舎から都会に出て来た。企業社会の終身雇用で、老後の生活保障も約束された筈だった。しかし、高度成長の企業社会の安全保障の期間は続かなくなリ、「社縁」の絆も切れ掛かっている。一度、故郷を捨てた都市サラリーマンにとって、有名人の「錦で飾る」お国入りは別だが、社縁を失っての孤独な帰郷は、自らの気持ちがまず許さない。もともと自由なサラリーマンとして、自立した「経済人」として、核家族の市民生活を続けてきた。自らを省みても、子供達に対して、同居の家族主義を求めることは出来ない。核家族は、加齢と共に夫婦家族に縮小、そして順次「血縁」も自然に切れて、単身世帯として独居せざるをえなくなる。無縁社会の必然性です。
 老人ホームの現実から見て、無縁社会の矛盾を、小手先の高齢化対策で解決できるとは思えない。近代社会の「経済人」の個人主義、自由主義、商業主義の価値観、人生観からの転換を求められているのではないか?3・11大震災によって、今や共通の合言葉、キーワードになった「絆」を取り戻し、新たなコミュニティの再生を図る文明の転換が要求されている。その文明の転換の構図は、モリスが100年以上も前に、ロンドンからコツッウォ-ルズへの舟旅の物語として描いた『ユートピアだより』の世界でしょう。それは、単なる空想小説ではない。マルクス『資本論』を読み、機械制大工業を基礎とする、近代社会の資本主義的生産様式の科学的解明、それに基づいたポスト資本主義である『社会主義』の理想の構図でした。ケルムスコットの村の農民、自分の別荘で生活の場だったマナー・ハウス、そして村の質素な教会の教区を舞台とするコミュニティ=共同体社会主義の世界です。
 1992年のソ連崩壊により「社会主義」のタームまで、すでに過去の遺物のように扱われ、顧みられなくなってしまいました。しかし、近代社会としての資本主義的生産様式の企業社会による、人間社会としての組織的統合が出来なくなり、まさに「無縁社会」として解体の危機に瀕している。それに代替するポスト資本主義として、「経済人」の個人主義、自由主義、商業主義を超えた新しい人間の絆、それが新しい地域コミュニティ=共同体の絆であるとすれば、モリスの共同体社会主義の思想が求められて良いのではないか?賢治がモリスから学んだものは、単なる芸術思想だけではない。モリスの工藝職人による「ハマスミス社会主義協会」から、彼は花巻の地で農民学校「羅須地人協会」を組織したように推測されます。だとすれば、賢治はロシア革命の国家社会主義とは異なる、モリスの社会主義に親近性を持っていた、そんな想像も出来るでしょう。
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by kenjitomorris | 2011-11-06 12:22



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