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Morris&E.B.Bax『社会主義、その発展と成果』
<情報コーナー>
 このところmixiの書き込み(ウイリアム・モリスのコミュニティ)に忙殺され、こちらを留守にして申しわけありません。
 1)作並の「館」のバラ、期待どうり見事に咲き誇りました。特に蔓バラは豪華に咲きましたが、すでにピークを過ぎたようです。
 それに引き換え、スタンダード仕立てのバラ、色や品種の違いもあり、次々に蕾が膨らみ、何時までも楽しませてくれます。
 イギリスに比べて、桜の花もそうですが、バラの花の寿命は短いようです。梅雨の有無が理由でしょうか?それだけにスタンダード仕立てのバラの花が長く咲いて呉れるのが有難いと思います。モリスのケルムスコット・マナーのバラ作りに感謝、感謝です。
 2)「館」には、モリスのケルムスコット・プレスのオリジナル本があります。それに加えて、この度、モリスの娘さんメイ・モリスが編集した『W ・モリス著作集』全24巻を購入しました。
 1910年刊行ですから、約100年前ですが、ペーパーナイフも余り入っておらず、保存状態が頗る良好です。1000部しか販売されなかった限定出版で、no.447とペンで記入されている貴重本です。
なお、モリスの著作については、いわゆる「全集」が出版されず、この『著作集』が事実上の全集です。その意味でも重要だと思います。ご来館の節、ご覧下さい。
<研究ノート>
 この書き込みが遅れた理由だが、もう一つある。それは、モリスとE.B.Baxの共著『社会主義、その発展と成果』を読む事になったからである
 これまでモリスの社会主義論として、彼が編集長になった「社会主義同盟」の機関紙『コモンウィール』に連載された”Socialism from the Root Up”(社会主義、その根源から)を紹介しながら、特にモリスによるマルクスと『資本論』の理解を中心に検討してきた。モリスは第15-21章を仏訳『資本論』第1巻の概説と紹介にあて、独自の科学的社会主義を主張しようとしていた。われわれも、エンゲルスによる「マルクス・レーニン主義」の科学的社会主義の教条との差異に注目しながら、モリスの紹介を試みたいと思ってきた。
 『コモンウィール』の連載は1885年5月15日に始まり、88年5月19日まで続いた。この連載の時点から、「社会民主同盟」以来、マルクスの3女エリノアと共に同志的に活動してきたE.B.Baxの協力が大きかった。モリスの日記に、こう書いている。「クロイドンのバックスと共にマルクスの記事を最初に書いたが、私たちというよりはむしろ彼が、マルクスの記事を書いたのであり、私は最も初歩の経済学者にさえなれないと思う。しかし私にマルクスを叩き込むこの好機に恵まれて嬉しい」と。
 モリスらしい謙虚な態度で、自分とバックスとの関係を述べている。バックスは、ドイツでヘーゲル弁証法など哲学を学び、ドイツ語が堪能である上、経済学についても、かなり造詣が深かった。モリスの理論面での教師だったと言えよう。さらに、「バックスはエンゲルスの仲間たちとそうとう親しくしていた。彼は彼らとの交わりでエンゲルスが編集していた未刊のマルクスの著述の多くの内容を印刷物で理解していた。バックス自身はそのような鋭い理解を、彼個人の著作には驚くほど少なくしか役立ていない。彼はどちらにも行き交ったが、本質的には思想の受動的な媒介者であったようで―モリスの思想の方もエンゲルスに伝えた。」(P・トムスン『ウィリアム・モリスの全仕事』)
 バックスは、モリスにとりマルクスの哲学や経済学の理論面の教師であり、エンゲルスたちとの理論面での媒介者だった。しかし、大切な点は、このように「原理上の友であったバックスを通じて、マルクス主義の鋭い理解を間接的に同化するモリスの能力である。」また「モリス自身が思想を把握し、それを自分の考えの中で適切に位置づける抜群の能力を持っていた」ことに他ならない。バックスと言う教師がいたし、媒介者がいたにしても、あくまでもモリス自ずからマルクスから学んだ科学的社会主義だったのだ。
 このようなバックスの存在と役割があったとすれば、モリスによるマルクスの科学的社会主義は、モリス・バックスの社会主義と呼ぶことが出来るだろう。それに対して、エンゲルス流の社会主義が、いわゆるマルクス・レーニン主義として教条化されたことになる。マルクスの科学r的社会主義が、バックスと言う媒介者の存在により、ここで2つに大きく分岐することになったのではないか。また、バックスにより媒介されたモリスの社会主義の思想が、エンゲルスから見れば「空想的」に見えたのではなかろうか。
 いずれにしてもモリスにすれば、『コモンウィール』に連載の「社会主義」論は、まさにモリス・バックスの社会主義論だった。また、連載論文は各章とも、モリスとバックスの両名の署名になっていた。したがって1893年、一書に纏めるに当たっては、完全に共著として公刊することにしたのであろう。モリスらしい律儀さである。さらに共著として、新たに補筆したのであって、題名も副題を連載時の”from the Root Up”から、”Its Growth and Outcome”(その成長と成果)に変えることにしたものと思われる。
 このような事情が明らかになった以上、93年の共著も参照しつつ、モリスの『資本論』の理解について紹介してみたい。ただ、経済学の著作ではないので、『資本論』研究の細部からの検討は省略し、主要な論点の整理だけに止める。
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by kenjitomorris | 2008-07-23 12:07



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