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パリ・コンミューン(続)
<情報コーナー>
 「賢治とモリスの館」年内は開館を予定していましたが、12月22日(土)をもって、今年の開館を終わらせて頂きました。年内、特に予約が入っておりませんし、雪の予報もありますので、例年どうり冬眠したいと思います。皆さんのご協力に感謝申し上げます。有難うございました。
 来年の予定ですが、雪解けの進み具合にもよりますが、例年3月末には開館準備、カタクリの群生の開花を迎えたいと思います。22日、閉館に先立ち、カタクリの群生の地帯に、木酢液を大量に散布しました。来春、美しい花を咲かせるには、木酢液が有効とのアドバイスを頂いたからです。アドバイスどうりなら、素晴らしいカタクリの群生を、来春ご覧頂けると思います。ご期待ください。
 なお冬眠中、研究ノートを引き続き書き込みたいと思います。
<研究ノート>
 モリスは、パリ・コンミューンの大事件については、すでに社会主義同盟の機関紙で明らかにされているので、、そのパンフレットを参照するよう求めている。そこでここでも、最初に解説的だが、事件の経緯について述べておこう。
 1860年代を迎え、イギリスに遅れてではあるが、フランスも産業革命による工業化の発展の時代が到来した。工業生産は飛躍的な伸びを見せ、さらに金融面の発展も著しかった。特にカリフォルニアとオーストラリアの金鉱の発見による「ゴールドラッシュ」も加わり、フランス経済も確立期を迎えた。保護貿易体制から、イギリスとともに自由貿易体制に脱皮するに至った。ナポレオン3世による新貿易体制であり、対英通商条約の締結など、世界貿易に大きく組み込まれることになった。
 このようなフランス経済の対外的発展は、一方で資本の蓄積、集中・集積をすすめ、株式制度を普及させることになったが、同時に他方、労働問題をはじめ、さまざまな社会問題を引き起こした。伝統的な中小企業や家内工業の没落、低賃金労働の拡大、家賃や食料費など物価騰貴、さらにオスマン男爵によるパリの都市改造事業が、都市の貧困層を急増することになった。ナポレオン3世は、自由貿易体制とともに、対内面では「ボナパルティズム」と呼ばれる労働者の共済組合や団結権の容認、失業対策などの懐柔策と同時に、反動的独裁体制をもって臨むことになった。
 こうした背景で、モリスも指摘しているが、64年には第1インターナショナルの国際的労働者組織が結成、翌65年にはパリ支部も設置された。この動きに、ロンドン在住のk・マルクスが関与していたのであり、マルクスの学説や思想が40年代とは違った意味で影響力を拡大していた。労働者の国際連帯と自由貿易体制の拡大のなかで、1870年7月19日、ナポレオン3世はプロイセンに宣戦したのである。普仏戦争の勃発にほかならない。
この仏による宣戦布告は、「ボナパルティズム」の破綻を露呈した無謀なものだった。南北の独とプロイセンの同盟軍は100万、仏は30万の軍隊であり、ドイツ統一で士気の上がる独軍の前に、仏軍は9月2日、スダンの戦いで呆気なく降伏した。第2帝政が終わり、第3共和制への復帰とともに、ブルジョワ共和派による、国防臨時政府が成立した。首班は、パリの軍事総督トロシュ、副首相・外相は右派のファーブル、内相がガンベッタだった。
 特にガンベッタについてモリスは、こう述べている。「抵抗はガンベッタにより組織された。彼は株式取引の組織の代表であり、彼らの利益は商業上と政治上の両方に跨っていた。人々に、もはや法外な要求を出さないよう、また戦闘を終わらせるよう仕向けたのである。この抵抗は、一般民衆に見られる愛国心や外国への強硬姿勢を演じながら、同時に株式組織の成功に支えられたものだった。しかし、軍事面では全く絶望的であり、国を没落の淵に追いやるものだった。」こうしたブルジョワ共和派の姿勢が、逆に都市のプロレタリアの力を強めることにもなった。「10月独軍の包囲が最高潮に達したが、ブランキをトップとした都市のプロレタリアの盛り上がりが、共和派の支配を圧倒するかに見えた。」
 この時点で、10月31日の事件が起こった。つまり、臨時政府が秘密裡に行っていた和平交渉の内容が外部に漏れ、さらに国防政府軍の抵抗抜きの降伏が、パリ市民を激昂させることになったた。市民は、市庁舎に押しかけ、休戦反対と徹底抵抗をアピールした。この動きに対して政府は、市会や区長などの選挙で危機を一時的に乗り越えるが、独軍のパリ包囲網は一段と強化され、市民は篭城による苦難と政府への不満を募らせた。翌71年を迎え、政府はブランキ派の弾圧を強化し、同時に独との休戦条約を締結した。この条約に基づき、2月28日国民議会の選挙が行われた。地方は王党派とブルジョワ共和派の圧倒的勝利、パリは急進共和派の勝利に大きく分裂した。
 こうした普仏戦争の敗戦、敗戦処理の失敗、国内の分裂によるパリ市民の孤立、そうした中でパリ・コミューンの成立を迎えることになった。その点では、パリ・コミューンがもつ歴史的事件の重要性にもかかわらず、あくまで特殊な事情による、特異な事件として成立したコミューンであり、それを一般化するわけにはいかない。「戦争を内乱へ」「内乱を革命へ」の左翼的テーゼの限界でもある。
 こうしたパリ市民の政治的孤立をよそに、王党派とブルジョワ共和派の連立による第3共和制政府は、さらに過酷な条件での暫定平和条約を締結、その実施のためにもパリの武装解除に乗り出すことになった。3月18日早暁、モンマルトルなどに軍を派遣し、配置されていた大砲などを撤去しようとした。その動きに市民が激昂し、ついに内戦状態に突入した。武装した市民を含む国民軍は、一晩のうちに主要な政府施設を占拠し、さらに市庁舎も占領して赤旗が翻った。パリ革命は成功するかに見えた。
 ここでのパリの統治は、国民軍の中央委員会が権力を握り、その権力の下で3月26日、コミューン評議会(市会)の選挙が行われた。選出された議員82人のうち、労働者の数が26ないし30人と多かったが、20人がコミューンへの参加を拒否、4月16日に補欠選挙となった。その上で3月28日、市庁舎前広場でパリ・コンミューン宣言式典が行われた。コミューン評議会は、立法府と共に政府機能を備えた行政権限を掌握、そのかぎりでは「新しい形の国家」(マルクス)であり、「プロレタリア独裁」(エンゲルス)だった。
 しかし、このコミューンの成功は、束の間に過ぎなかった。パリ市民は、上述のとおり政治的には完全に孤立していた。軍事的にも、政府軍の武装解除の措置が失敗だっただけで、市民参加の国民軍のパリは、周囲を大きく独軍、政府軍に包囲され、完全に孤立していたのだ。5月29日、最後のコミューン戦士の英雄的な戦いがあったが、わずかに2ヶ月足らずのコミューン国家に過ぎなかった。パリ・コンミューンは、「敗北の美学」の舞台にはなったが、政治的・軍事的には完全な失敗だった。
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by kenjitomorris | 2007-12-23 20:57



賢治とモリスの館 - 最新情報
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