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「賢治・モリス問題」と室伏高信
 賢治の「農民芸術概論」は、とくに労働と芸術を中心に、モリスから多大な影響を受けていることは、少しでもモリスの芸術論を学べば、ごく自然に感じ取ることが出来る。伊藤与蔵さんの「聞き書き」が、それをはっきり証拠付けたと思う。むしろ賢治「農民芸術概論」全体が、モリスなど英アーツクラフト運動に基礎付けられていると言っても、差ほど言い過ぎではないと思う。宗教との関係では、たしかに日蓮宗など仏教との係りを否定できないだろう。それでもモリスなど、もともと聖職を志していたのであり、宗教への深い造詣抜きに、モリスの芸術論も、労働論もあり得ないことなのだ。 にもかかわらず「賢治・モリス問題」が提起されたについては、

 1)「農民芸術概論」が、『注文の多い料理店』のように賢治自身が出版できないで、草稿のまま戦災で焼失してしまったこと。
 さらに「綱要」があり、第2章「農民芸術の興隆」にのみメモ書きもあること。
 2)「概論」が花巻農学校や羅須地人協会での賢治の講義用草稿であり、聴講生のノート  が存在すること。 
 賢治のメモ書きと聴講生のノートでは、モリスに関して、若干の差異が認められること。
 3)聴講生のノートでは、「芸術をもてあの灰いろの労働を燃せ」の箇所に、モリスだけでなく 伏高信の書名も出てくること。 
 念のため、賢治のメモ書きそのものの該当箇所には室伏の名は出てこない。

 確かに室伏氏は、イデオロギーの面では左翼から右翼、さらに戦後は左翼に転向を繰り返した点では変節漢だろう。しかし、その時代において、かれは大衆に大きな影響を与え、優れたアジテーターだし、ある種のポプュリストだったと思う。正直なところ、小生も中学から高校の時代(小田原中学・高校)終戦直後の民主主義高揚期、室伏氏の著作から大きな感銘を受けた。そおのさい、戦前から左翼的な思想の持ち主だった両親から咎められたことを思い出す。
 「だから賢治も」とは言わないが、室伏氏の著作が昭和初年も人気を博していたし、賢治もそれを読み、生徒の関心を惹く意味でも、講義で利用したことは大いにありうることだ。生徒の一人、伊藤青年が生真面目にノートして書き留めたことも、またありうる話だと思う。長い教師生活の経験からすれば、教師の講義と聴講生のノートの関係は、そんなものだろう。資料としてノートを利用するときの限界だろう。とすれば、賢治自身の「メモ書き」には、室伏氏とモリスが一緒には出てきていない点こそ重視すべきではないか?
 さらに賢治が、モリスを読まずに室伏氏からの「孫引き」で済ませていた、という解釈があるとすれば、それは曲解に近い推測だろう。与蔵さんの「聞き書き」からしても、賢治はモリスを直接受け止めていたと思うし、明治から大正にかけて、芥川龍之介など、多くの文学者がモリスを読み、かつ研究していたことを想起すべきだ。賢治も同様なはずだと思う。モリスの日本への影響の点では、文学や思想の面では、戦前のその時期のほうが、戦後よりずっと著しく強いものがあったのだ。戦後日本のモリスは、デザイナーの面だけが、余りにも偏って受け入れられているのではないか?「賢治・モリス問題」の正しい解決により、賢治研究とともに、モリス研究もより広い視覚から深められるに違いないと思う。
 
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by kenjitomorris | 2006-09-25 08:54
賢治とW・モリス問題
 最初に「農民芸術概論」を読んだ時、大変な感動、深い感銘を受けた。それはショックに近いものだった。まだ不勉強で、W・モリスと賢治の関係には気ずかなかったし、知らなかった。それだけにショックも大きかった。学生時代から長く経済学徒として労働価値説を学び、労働疎外や人間疎外を考え続けてきた者としては、とくに賢治の提起している「芸術と労働」、「知識と労働」、「科学と芸術」などは、実に新鮮、かつ強烈な衝撃となった。工業化社会から、ポスト工業化へ、知識社会への転換を迎えただけに、ここは賢治とともに労働と知識、芸術を考え直すべきではないか、こんな強い衝動を感じて仕舞ったわけだ。
 それにしても賢治は、誰の、何から、こんな新鮮な、重大な問題提起を受け止めることになったのか。A・スミスやR・マルサス、そしてK・マルクスなど、経済学の学説の流れを勉強してきた「習い性」であろうか?賢治の前に誰が、そして何が?彼の問題関心を刺激し、天才的な感性に訴えたのか?W・モリスその人であることは、「農民芸術の興隆」の章、賢治自身のメモ書きから、すぐ知ることが出来た。モリスから賢治へ、英「アーツ・アンド・クラフツ運動」の流れが、賢治により、日本の東北の地に流れ込んでいたのだ。心が躍る発見だった。
 「農民芸術概論」を素直に読めば、そこにモリスを感じ取ることが出来るし、賢治とモリス2人の天才の結びつきが解るはずだ。その点では、賢治が「羅須地人協会設立に先立って農民芸術概論を起草した。---そのメモには<芸術の回復は労働に於ける悦びの回復でなければならぬMorris,~>とある。農民芸術概論は、農村における演劇や音楽、踊りといった芸術の回復にとどまらず、農作業そのものが楽しく愉快である世界、生活全体が一つの芸術である社会を目指したものである。すなわち、イーハトーブはラスキン・モリスの流れを汲む一つのユートピアである」(中谷俊雄)、極めて自然だと思う。
 だが、このモリスから賢治への直接の流れに対して、ある種のイデオロギーによる曲解が、まつわることになった。まことに不幸なことだが、「賢治・モリス問題」といえるかも知れない。
 今年2006年が、賢治生誕110年、とりもなおさずモリス没後110年だが、「宮沢賢治国際研究大会」が開かれた。第3回であるが、シンポジウム「世界から見たイーハトヴ」では、モリスには残念ながら一切触れられることなく終わってしまった。不思議でもあった。なぜだろう?賢治が日本の東北が生んだ国際的ユートピアンだとすれば、モリス―賢治の流れに、少しは眼が向いても良いのではないか?そんな素朴な疑問を拭えなかった。
 念のため、この「国際研究大会」の第1回から第3回までの記録集など、ざっつと眼を通してみた。ほとんどモリスの名は出てこなかったが、第2回の記録集では「賢治のコスモス―W.B.イェイツ、ウィリアム・モリスとの関わりを中心に―」(佐藤容子)の研究発表が収録されていた。論旨は、「これまでモリスの社会主義者としての側面が、賢治の羅須地人協会の活動との関わりで多く取り上げられてきたわけですが、童話・戯曲を含めた賢治の作品、ことにその詩を理解するには、むしろイェイツとの共通性に着目するのが興味深いのではないだろうか、というのが私の考えです。」
 イェイツ―賢治の流れは極めて興味深い論点提起だろう。労働”labour"についての論及も面白い問題提起だが、イェイツについては不勉強、かつ専門外なので残念だが言及できない。ただ、ここでモリス―賢治について、「農民芸術概論」が次のように整理、紹介されている。「賢治・モリス問題」を理解するのに適切な紹介なので、引用させて頂こう。
  
 これまで賢治とモリスの関わりについては何度か取り上げられることがありましたが、それはまず、今日伝わる賢治の「農民芸術の興隆」において、モリスの芸術を「労働に於ける悦びの表現」とみる考え方に言及がなされていることがよりどころであったと思います。伊藤清一が大正15年(1926)、花巻農学校に開設された国民高等学校で、賢治の講義「農民芸術概論」を受講し筆記録を残しておりますが、これらの資料をもとにして判断すると賢治が直接典拠としたのは、当時健筆をふるっていた評論家室伏高信の『文明の没落』の記述であるとされます。一方でモリスの『ユートピアだより』が『理想郷』という題名で既に明治37年(1904)に初めて邦訳されていることから、賢治がこの作品を読んでいた可能性も指摘されています。

 「A・スミス問題」もそうだが、講義ノート、聴講ノートが死後発見され、その解釈によって論争が発生した点で、まさに「賢治・モリス問題」である。とくに論争が、室伏高信『文明の没落』が典拠か否か、をめぐるものだとすると、多分にイデオロギーの対立も絡んでくる。室伏氏が時流に乗るアジテーターであり、戦時下は右翼・軍国主義に転向、戦後は民主主義、左翼として若者を扇動した変節漢である。それを「直接典拠」とした宮沢賢治、「農民芸術概論」、さらに「羅須地人協会」の活動もイデオロギー的に排除される。ついでにモリスも影が薄くなって無視される。とすると、「賢治・モリス問題」を避けて通るわけにはいかなくなる。
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by kenjitomorris | 2006-09-17 22:02
農民芸術概論の講義ノート
 賢治の作品では、『注文の多い料理店』 『春と修羅』など、自らの責任で出版されたものは多くない。とくに「農民芸術概論」は、原稿も戦災で焼失、しかも「農民芸術論綱要」、さらに「農民芸術の興隆」の章だけに講義用メモと思われる「書き込み」があった。関連資料は豊富だが、複雑な事情が賢治研究に影響することにもなる。
 K・マルクスには、『資本論』のまえに「経済学批判綱要」があり、その発見で研究が深められると同時に、混乱が生じたことも否めない。いまも混乱は続いている。A・スミスも生前、自らの責任で出版したのは『国富論』 『道徳情操論』だけ、しかし死後「グラスゴー大学講義」が、聴講学生のノートから刊行をみた。人間の利己心と利他心をめぐる「アダム・スミス問題」も提起され、研究が大きく深められた。しかし、学生のノートはノートに過ぎない。別の学生の別のノートも存在する。ノートの取り方で内容も違ってしまう。
 「農民芸術概論」にも「綱要」があり、「書き込み」がある。さらに花巻農学校に併設の国民高等学校での講義、羅須地人協会での講話もあり、それぞれ聴講の学生たちが「自由」かつ「個性的」にノートを取った筈である。ノートが発見され、学生たちからの「聞き書き」も出てくる。ノートや「聞き書き」が公表され、賢治研究が深まり、さらに広がりをみせよう。有益なことだ。
 ノートとしては、「岩手国民高等学校生徒伊藤清一の受講ノート」がある。大正15年1月30日の第1回から同年3月23日まで約12回の講義であり、伊藤清一氏が極めて真面目で、熱心な優等生ぶりが偲ばれるノートだ。ただ、このノートについても、菊池忠二氏の紹介したものと、佐藤 成氏のものでは、若干の差異がある。モリスについては、3月5日の講義で「農民芸術の興隆」がテーマになり、「労働をもてあの灰色の労働を燃せ」に関して、「労働を楽しくする方法」として「ウイリアム・モリス案」が紹介されている。さらに「此処には我等不断」の潔よく楽しい創造がある」についても、「モリス曰く、芸術とは人の労働に於ける喜びの表現である」として、さらに「創造者は苦境を楽境にするのである」などと述べている。
 賢治は、労働については、もっぱらモリスを中心にして論じていることは明白だが、「労働を楽しくする方法」として、「ラッセル曰く」、「室伏高信氏曰く」と両説を紹介している。問題は室伏高信氏の所説の紹介だが、賢治自身の書いたメモ書き込みには、別の箇所に室伏氏の名前が出てくるものの、「労働を楽しくする方法」には出てこない。おそらく賢治が講義のときに紹介しただけだろう。しかし、モリスと室伏氏がノートに並べられたことが、モリス―賢治の関係にある種の誤解、曲解を持ち込むことになってしまったのである。
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by kenjitomorris | 2006-09-12 11:59
農民芸術概論のW・モリス
 賢治の童話は、日本の子供たちなら、ほとんど皆読んでいると思う。少年時代、戦前の話だが、父親に勧められて「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」を読んだ記憶がある。「風の又三郎」の映画を見た記憶も残っている。東京・中野の映画館の特有な匂いまで思い出す。
 「農民芸術概論」を読んだのは、ずっと後のことだ。賢治の詩や和歌を読んでいた時、「農民芸術の興隆」の部分から、強い衝撃を受けた。「これは只事ではない」というショック、「芸術をもてあの灰色の労働を燃せ」、誰が、何が、なぜ賢治に、このような叫びを上げさせたのか?経済学を学び、A・スミスやK・マルクスの労働価値説を専門的に研究してきただけに、そう容易に読み逃せるものではない。労働疎外、そして人間疎外論の根底にある問題が、賢治によって提起されているのではないか?
 賢治から、重大な問題提起を受けて、間もなくW・モリスが賢治に問いかけていた事情を学んだ。モリスは、マルクスの『資本論』を、当時まだ英訳がなかったので、苦心の末フランス語訳で2回も読んだ。マルクスからモリスへ、人間疎外の根底の労働疎外が理論化され、さらに「地人芸術」の実践による疎外からの脱却へと高められる。賢治「農民芸術概論綱要」では、序論に続く「農民芸術の興隆」の章には、メモ用の書き込みがある。そこでは2ヵ所モリスに触れている。紹介する。
  
 1)「いまわれらにはただ労働が 生存があるばかりである」
   ここには、「Wim.Morris 労働はそれ自身に於て善なりとの信条 苦楽 苦行外道」
   
 2)「芸術をもてあの灰いろの労働を燃せ」
   ここでは「芸術の回復は労働に於ける悦びの回復でなければならぬ Morris"Art is
man's expression of his joy in labour."
労働は本能である 労働は常に苦痛ではない 労働は常に創造である
   創造は常に享楽である 人間を犠牲にして生産に仕ふるとき苦痛となる
   トロツキー」
   さらに続けて「Morris 明らかに有用な目的 休息自らの創造 生産/ 
   時間の交易物自ら造れ 変化 能力の発展 環境の楽しいこと 
   好める伴侶あること」

 以上、全くの講義用メモに過ぎないとも言える。しかし、賢治らしい鋭い表現で論旨が伝わってくるように思う。賢治は、芸術と生産を対比しながら、労働と人間疎外を論じている。マルクスからモリスへの転回を抜きにして、この賢治による「労働」把握はありえない。モリスの芸術思想が、鋭敏な賢治の言語表現を通して迫ってくるではないか。
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by kenjitomorris | 2006-09-11 21:38



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