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追補 羅須地人協会
 盛岡のY先生から、先日ご案内頂いた際の写真を頂戴した。沢山撮って頂いた中に、花巻農高の中にある羅須地人協会の入り口、ならびに「羅須地人協会講義要綱」の写真が含まれていた。訪問の証拠写真?と、「地人芸術概論」のタイトルで講義されていた資料として、参考にして頂きたい。
 なお、「地人」だが、『広辞苑』にも見当たらないので、賢治の言葉であろうが、『農民芸術概論綱要』の中に、次の表現がある。「農民芸術の本質」の項で、「農民芸術とは宇宙感情の地人 個性と通ずる具体的なる表現である」、ここでは「地人」が農民芸術の主体として捉えられ、特別な意味が込められているように思う。
 ただ、「農民芸術の本質」の項は、「農民芸術の興隆」の項のように、W・モリスなどからのメモ書き込みがない。したがって「地人」と「都人」の関係は不明だが、全体の流れとして「地人」から「都人」への訴え、アピールとして読めるのだが、どうだろう。
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by kenjitomorris | 2006-06-21 19:02
賢治の羅須地人協会
 岩手の花巻は宮沢賢治の町だ。盛岡の市民も、賢治が大好きだ。しかし、盛岡には賢治の先輩に啄木がいる。原敬も尊敬されている。盛岡市民の誇りは、賢治だけではない。それと比べたら、花巻で生まれ、花巻の農学校で教壇に立ち、そして病に倒れて亡くなったのも花巻、宮沢賢治は花巻の「地人」である。花巻の土地に生きる人間だった。だから花巻の人は、賢治を誇りに思っているだけではない。賢治を愛し、賢治とともに生きている。賢治は花巻に生きている。
 久しぶりに花巻を訪れた。賢治記念館には何年か前、一度訪れたことがある。今度は記念館だけでなく、2日間にわたり花巻、北上など、賢治所縁の地を訪ね歩いた。案内役は、最近岩手の高校を退職されたY先生、賢治の研究家、というよりも花巻農学校の教師としては賢治の後輩に当たる。父上も教師であり、賢治の会の代表も務められたそうだ。文字どうり「賢治一家」だから、何処を訪ねても顔が利く。素晴らしいガイドさんに恵まれたものだ。
 第一日目、記念館再訪の後、旧「花巻農学校」--賢治は前身の「稗貫農学校」から数えて約6年間教壇に立った--現在の「花巻農業高校」に出かけた。Y先生、自分も務めたことのある学校だから、勝手は全部ご存知なのだ。後輩の現職の先生に顔パスで見学できた。ここ農業高校の敷地に、賢治が1926年農学校を退職、花巻町下根子の家で独居自炊生活を開始、続いて設立した「羅須地人協会」の旧い建物が移築されている、その見学なのだ。「下の畑にいます 賢治」で有名な旧居である。
 移築改修されたとはいえ、木造2階建てがよく手入れされ、保存状態は極めて良好である。賢治先輩による農村青年のための「生涯学習」の私塾を、Y先生はじめ後輩の先生がた、それに農業高校の生徒たちも協力して、まさに歴史建造物保存の教育実践が行はれているのだ。「先輩喜んでください」、W・モリスの環境保全の芸術思想の運動が、こんな形で受け継がれているとは、賢治とモリスの思想がここに生きている。
 さらに、賢治がなぜ「羅須地人協会」と名づけたのか、色々議論され、論争もされている。
まず、「羅須」の意味だが、賢治自身は生前「羅須の語の意味は何も無い」と語ったそうだ。しかし、英語のLathは漆喰の支えの木摺のことで、農民の支柱の意味という解釈がある。面白いのは、モリスの先輩でアーツ・アンド・クラフト運動の創始者J・ラスキンのラス=羅須という説だろう。この説だと、モリスから賢治の流れは強くなる。
 もう1点、より重要だと思うのは、「地人」という表現だろう。賢治は「協会」の講義では、「農民芸術」ではなく、「地人芸術」という表現を用いている。農民より広い意味で地人だとすれば、農民だけでなく、農民など広く地域に根を下ろした人々、地域人としての地人ではないか?この地人に対して、都会の人々が「都人」である。そこで、賢治の地人としての都人への訴えとして、「農民芸術の興隆」の次の1節があるように思うのだが、どうだろうか。
 「芸術をもてあの灰色の労働を燃やせ
 ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある
 都人よ 来ってわれらに交れ 世界よ 他意なきわれらを容れよ
                                     『農民芸術概論綱要』より」
                                                        
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by kenjitomorris | 2006-06-19 00:06
館の春、秋
 Yさんの作品2点です
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by kenjitomorris | 2006-06-05 13:20
青葉の季節
 美しい若葉の季節、青葉の季節を迎えました。館のみどりは、日々刻々変化します。若葉から青葉へ、濃さが増してきます。
 仙台は青葉城、それに「青葉繁れる」、一年中で一番美しい季節なのです。青葉城下を流れる広瀬川、それを遡る作並街道も、みどりの街道です。みどりの林、森の中には、いま山野草の花や草が、次々に顔を出します。春の女神、姫ギフチョウも今年、館のカタクリの群生地に乱舞していました。同じころ、「いわかがみ」、「猩猩袴」、「えんれいそう」、「叡山すみれ」と咲きました。続いて「稚児百合」、昨年Oさんから頂いた「翁草」、見事に芽を出し、美しい花が咲き、いま白髪を風になびかせています。そして、「ひとり静」から、「二人静」が美しい姿を見せています。
 「森のミュージアム」は、さながら山野草の自然植物園です。昨秋に続いて館を訪問されたYさんが、「森のミュージアムの草花」を製作されました。紅葉の作品と一緒にご覧下さい。
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by kenjitomorris | 2006-06-04 12:41



賢治とモリスの館 - 最新情報
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