2007年 01月 12日 ( 1 )
賢治とモリス・その現代的意義
<研究ノート> 
 大正デモクラシーの時代的背景から、モリスの芸術思想、社会思想が、第1次大戦後、日本でも本格的に導入される時代を迎えた。賢治も、そうした時代環境の中で、モリスを継承しながら、『農民芸術論』を書き、羅須地人協会の活動を実践した。『農民芸術論』が、単なる目次だったこと。また、草稿にすぎない綱要にとどまっていたこと。さらに、「農民芸術の興隆」の部分だけのメモ・書き込みに過ぎなかったにしても、モリスの芸術思想・社会思想の継承であり、その発展として重要な意味を持っている。とくに農芸技術など、農業・農村問題への多角的な接近、また賢治の4次元の芸術論は、モリスにはまだ無かった視点だし、今日のデジタル・アートに発展する面が提起されたと思う。
 羅須地人協会の活動も、ほんの2年半ほどの短いものだった。しかし、花巻農学校からの教育実践の発展とすれば、決して短い活動で終わったわけではない。また、その事情は複雑のようなので、余り深入りしないが、協会活動が単純に挫折、失敗したわけではないと思う。当時の労農党など政治活動との関連で、警察権力からの弾圧を受け、活動にブレーキをかけられたことも大きいだろう。マルクス、エンゲルス、レーニンは無論のこと、モリス関連の著作ですら、堺利彦の『理想郷』にみられるように伏字を余儀なくされた時代なのだ。賢治が、周囲に迷惑の及ぶのを心配し、活動を余り目立たないよう配慮したり、健康状態の悪化も重なったと思うが、定期的活動を不定期に変えたりしながら、結果的に中断する形で終わったのではなかったか。挫折・失敗と断定するわけにはいかない。 
 賢治の遺言ともいえる、「雨にもマケズ、風にもマケズ-‐-」の死の床からの力強いメッセージは、仏教への信仰の力とともに、羅須地人協会の「地人芸術」の人間像の訴えではなかったのか。運動の挫折や絶望の呻きには聞こえない。明るく力強いユートピアンの声だ。そう受け止められれば、賢治の『農民芸術概論』と羅須地人協会の運動が、アジアの日本、とりわけ東北の花巻の地域特性を踏まえながら、モリスたち西欧先人の「アート&クラフト運動」の発展的継承として、地域実践されたことの意義は、まことに大きかったのではなかろうか。
 大正デモクラシーの時代は、周知のとうり昭和恐慌、つづく軍国主義による「冬の谷間」に、賢治の死とともに消え去った。モリスの思想の受容もまた、同じ運命を辿ることになった。第二次大戦下、「鬼畜米英」の大合唱によって、思想の流れは中断せざるをえなかったからだ。しかし、戦後民主主義による思想の自由の復活、そしてモリス研究や「アート&クラフト運動」の再開・継承を迎えることにはなったが、ここで戦前に振り返って確認しなければならない事情がある。
 それは、日本における社会主義運動の特異性に関連する。アジア的後進性ともいえるが、1917年(大6)ロシア革命は、日本にも大きな衝撃を与えた。その衝撃は、欧米と比べて社会主義の運動が遅れていただけに、革命思想が相対化される余地なく絶対視された。ロシア革命を思想的に支えた、いわゆるマルクス・レーニン主義が、社会主義の正統の地位を独占することになった。生産手段の国有化による集権型計画経済のソ連モデルだけが、「科学r的社会主義」の名の下に教条的に支配した。モリスなどの共同体を基礎とした西欧の社会主義思想などは、非科学的な空想的社会主義、さらに異端の思想として排撃されることになった。広く欧米の社会主義思想の流れも、「社会民主主義」として異端視され、全面的に排除されることになった。
 同じマルクス主義の内部でさえ、ソ連型社会主義の総本山となったクレムリン、その国際組織コミンテルンの指令に従って、厳しい思想的・政治的粛正が進められた。そうした中で、日本でもいわゆる講座派・労農派の思想的対立と激烈な論争が繰り広げられた。このような社会主義の思想状況の中では、モリスの芸術思想・社会思想の受容も、極端に異常な形で異端視されることになった事情を見落とすべきではない。アジア的、ないし日本的後進性によるイデオロギー的歪曲である。
 当時のモリス関連文献を見ても、堺利彦などの例外を除いて、非マルクス主義ないしはマルクス批判家、さらにはボルシェビキ・ロシア革命への批判派の論客が殆どである。マルクスとモリスの関係、モリスの社会主義思想の地位からすれば、まさに異常ともいえる日本的思想潮流が形成されていたことが分かる。戦前の室伏高信もその一人だったが、その間の賢治の立場にも、この異常なイデオロギー的歪曲が影を落としたことを否定できない。こうした思想状況の下で、モリスから賢治への思想的継承・発展も実践されたのだ。『農民芸術概論』を巡ってのモリス・賢治問題が生じたし、羅須地人協会の活動への評価にも、このイデオロギー的歪曲が影響しているのではないか?モリス研究にとっても、賢治研究にとっても、まことに不幸だったという他あるまい。
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by kenjitomorris | 2007-01-12 13:52



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