モリスと「マルクス・イン・ロンドン」
<情報コーナー>
 1)いよいよ今年もカタクリの群生が開花しました。仙台の桜の開花宣言が例年より早かったのに合わせたかのように、カタクリも開花宣言です。10日過ぎが見頃でしょう。お出かけ下さい。
 カタクリの開花は、ほぼ桜の開花と同じですが、「館」のカタクリは、とくに長い間咲きます。「館」の建物の向かって左手から、背後の国有林、さらに右手に移ります。雪や霜が無ければ5月の大型連休まで咲き続けると思います。
2)「賢治とモリスの館だより」創刊号を4月1日に、約700部ほど発送しました。B4版4ページです。「お知らせ」「ランチ・メニュー」「新刊案内」「四季のガーデン(春)」、それに来館者の交流コーナーとして、「交流の広場」の欄を設けました。是非ご協力下さい。
 発送は、ご来館頂いた方々の名簿によりましたが、名簿にご記入頂かなかった方、また宛名不明などで返送されたものもあります。これからメールマガジンのようにしたいと思いますので、是非アドレスなどお寄せ下さい。追加発送します。
<研究ノート>
 マルクスからモリスへの研究を教導して頂いたのは、1982年当時オックスフォードのウースター・カレッジ学長だったA・ブリッグス教授だが、教授の著作『マルクス・イン・ロンドン』の中で、2人についてこんな風にのべている。
 マルクスには3人の娘がいた。長女のジェニーは、マルクスが亡くなる前に死んだので、2人の娘が残された。次女ラウラは、姉の夫シャルル・ロンゲの医学校の同級生だったポール・ラファルグと結婚し、パリで生活していた。ラファルグは医者を開業したが、社会主義の運動にも熱心だった。しかし、最後は夫婦とも自殺心中した。
 「マルクスが可愛がっていた末娘エリナは、ラウラに先立って1898年に亡くなった。‐‐‐エリナは演劇に興味を持ち、女優となったが、仕事を通じて社会主義者でもあり科学者でもあったエドワード・エーヴリングと知り合った。彼女はエーヴリングと、1898年の死まで一緒に暮らしたが、2人の間は決して幸せなものではなかった。エリナは、エーヴリングが他の女性と密かに結婚していたことを知り愕然とする。その女性も女優で、エーヴリングは偽名で結婚していたのである。彼女はついに自殺を決意する。‐‐-エリナには子供がなかった。彼女は生前、ロンドンのマルクス主義者の間では目立った存在だった。当初、社会民主連盟に、その後、ウイリアム・モリスによる社会主義連盟の会員として活躍していたのである。」
 マルクスの思想や理論にモリスが興味を持ち、『資本論』等を読んだが、直接的な二人の接触はほとんど無かった。直接には、マルクスの末娘エリナ、および彼女の「情夫」とも言えるエーヴリングとの関係だった。70年代から80年代を迎え、イギリスを始め資本主義の新しい発展に伴う矛盾や労働運動の高まりとともに、社会主義の思想運動にも、新たな論争や運動の混乱が生じていた。モリスのマルクス主義への関心も高まったけれども、同時にまた運動の混乱の渦中に、彼もエリナとともに巻き込まれていった。
 上記、社会民主連盟とその分裂による社会主義連盟の結成に、モリスはエリナ、エーヴリングと行動を共にした。マルクスは1883年に死んだが、「マルクスより12年長く生きたエンゲルスは、こうした世の移り変わりを強い関心を抱いて見つめていた。しかし彼は、マルクスの遺稿を整理し、『資本論』を完成させる仕事に忙殺されていた。また彼は、遠隔の地からではあったが、ドイツの社会民主主義運動を指導していた。---エンゲルスは、イギリスも、ドイツ社会民主党に匹敵する強力な政党を持つべきだと考えていた。---しかしエンゲルスは、社会民主連盟が、いわゆる”シルクハットの社会主義者”ハインドマンに率いられていると言う理由で、支持をかなり留保した。もちろんエンゲルスは、ハインドマンがマルクス主義の多くをとり入れていること、また、後に分裂することになる社会主義連盟の中の無政府主義一派に対しては、エンゲルス同様警戒心を抱いていたことは知っていた。モリスの社会主義は独自の要素を含めて、マルクスの社会主義と多くの点で一致し、よく似た思考方法と感性を示すものだったが、モリスの指導者としての性格がエンゲルスの心をとらえなかった。」(131-2頁)
 ここでA・ブリッグス教授は、エンゲルスがモリスやエリナ・マルクスから、距離を置いていたことを指摘している。そして、その理由は、「モリスの指導者としての性格がエンゲルスの心をとらえなかった」からだと、述べている。しかし、たんに「指導者としての性格」の不足に止まるものか?マルクスは亡命して30年以上もロンドン市民として生活した。娘達はいずれも市民権を得て、特にエリナはモリスと行動をともにした。マルクス一家はロンドン市民として定住し、生活者だったのだ。
 それに引き換えエンゲルスは、マンチェスターで父親の工場を経営しながら、ロンドンやドイツを動き回っていた。住所が不定と言うか、定住性不足の点で、ロンドン市民だったマルクス一家との違いは大きい。生活者として見た時、マルクスからエンゲルスへと、モリスによるマルクスの受容とでは、根本的な違いがあったのでは無いか?続いて、ドイツ社会民主主義から、ロシアの社会主義に関連して、教授はさらに次のように含みに満ちた説明をしている。
 「1883年には、もう一人のロシア人テロリスト、ステップニクがやって来ている。---ステップニの哲学は、モリスに影響をあたえていたマルクスの哲学とはまったく異なっていた。しかし彼は、社会主義革命がロシアで起こる可能性があると予言した。」(138-9頁)この後、レーニンの ロンドンでの行動を紹介しているが、ここで「モリスに影響をあたえていたマルクスの哲学とは全く異なっていた」、そのロシア社会主義の革命思想とは何か?逆に言えば、ロシア革命の思想とは全く異なるマルクス―モリスの社会主義の思想とは何か?モリス研究から「マルクス・イン・ロンドン」を書いたA・ブリッグス教授は、マルクスの「科学的社会主義」に、マルクス・レーニン主義とは全く異質なマルクス・モリスの社会主義の思想を読み取ろうとしているのではないか?
 教授は、最後に旧ソ連の社会主義について触れ、「マルクス・イン・ロンドン」の位置づけをこころみている。旧ソ連崩壊前、1982年の時点での示唆に富んだ提起だと思う。
 「いまやマルクスの思想は、彼を受け入れたロンドンをはるかに超えて拡がり、現在、全世界の人口の三分の一の人々の指導理念となっている。ある国では、マルクス主義が現世における宗教と化し、革命というよりも国家権力の基礎とまでなっている。なぜなら、マルクスが予言したようなような、国家の死滅はいまだに実現していないからである。
 彼の思想は、現在、彼が生きていた当時よりもはるかに論議の的となっている。その上、現在の”マルクス主義者”はまことに多種多様である。マルクスが生きていたとしても、逐一それらを識別することは到底不可能だろう。」(140-1頁)
 1990年代初頭、国家社会主義とも言える旧ソ連は崩壊し、マルクス・レーニン主義の教条はすでに破綻した。他方、国家福祉主義のイデオロギー的基礎とも言える「社会民主主義」の正統性も動揺している。マルクス・モリスのユートピア的コミュニティ社会主義を改めて問い直す必要があるだろう。
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by kenjitomorris | 2008-04-08 12:26
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