宮沢賢治「鹿踊りのはじまり」
<情報コーナー>
 「賢治とモリスの館」ですが、今年は雪が少ないものの、やはり山深い作並の里です。仙台市内より積雪が多く、まだ車では近づけない状態です。ただ、春の訪れが早そうですから、3月末にはオープンの準備に入ります。ご来館をお待ちします。
 「館」閉館中ですが、その間を利用し、賢治作品の朗読の練習を続けております。2月2日、仙台市青葉区中央市民センターの「ふれあい祭り・和気藹々一番丁」に、NPO法人「シニアネット仙台」の朗読グループ「注文の多い料理店」が公開練習で参加しました。去年は三島由紀夫の作品でしたが、今年は賢治の「鹿踊りのはじまり」でした。この公開練習を踏まえ、5月16日には仙台福祉プラザで、午後1時30分から発表会ですが、ここで「鹿踊り」を朗読します。これから本格的練習、準備に入ります。ご期待下さい。
<研究ノート>
 「鹿踊りのはじまり」は、賢治が公刊した童話集『注文の多い料理店』に含まれている。刊行は1924年だが、目次の日付けは「1921・9・15」である。さらに「鹿踊り」が出てくる詩「高原」は、やはり24年に公刊の詩集『春と修羅』に収録され、その日付けは「1922・6・27」である。したがって賢治は、1921-22年にかけて、「鹿踊り」に特に興味を示していて、作品を書いていたのである。むろん「鹿踊り」は、昔からの郷土芸能であり、宮城県北、岩手県南に広く分布しているが、賢治がそれに関心を寄せた時期に、ここでは注目しておこう。

  「高原」は、わずか5行の」短い詩である。広大な北上山系の高原の風景が拡がる。生い茂るススキの穂が風になびき、そして光る。山並みが、海のように夕日に輝き、こだまが返る。雄大な自然に身をさらし、「鹿踊り」のはじまりを告げる。全体が方言で書かれているので、全文を紹介する。
    海だべがと おら  おもたれば
    やっぱり光る山だたじゃい
    ホウ
    髪毛  風吹けば
    鹿踊りだじゃい
 
 「鹿踊りのはじまり」、場所は北上山地。その「ほんとうの精神」を語る話である。
 賢治の童話のほとんどがそうであるように、ここでも擬人法が使われている。童話には、動物だけでなく、木や花、ときには星や岩石まで登場する。賢治の擬人法の特徴は、例えば「セロ弾きのゴーシュ」のゴーシュ、「紫紺染めについて」の山男のように、人間が一緒に登場することである。人間が、動物や植物と交わりながら、それらと一体になる。人間と自然が共生しながら、さらに交流し、融合していく。人間が自然を取り戻し、自然も人間を取り戻し、その懐に帰る。
 ここで登場する人物は「嘉十」、「北上川の東」の方から祖父たちと一家で移住し、「小さな畑を開いて、粟や稗をつくって」いる貧農だ。彼は栗の木から落ち、足を悪くして、秋の農閑期を待って、山の中の温泉に湯治に出かける、その途中の出来事である。
 嘉十は山道を歩きながら、ススキの野原の「10本ばかりの青い榛の木」の根元で、一休みする。背中に背負った荷物から「栃と粟とのだんご」を取り出して食べ、残りを鹿に食べさせようと思い、そこに置いてまた歩き始めた。しかし、すぐ「手拭」を置き忘れたのに気づき、取りに戻ると「6疋ばかりの鹿」が、もう集っていて「栃の団子」の周りを廻っているではないか。
 ここから鹿たちの会話が中心になる。鹿の関心は、嘉十の残してやった団子ではなかった。置き忘れた手拭だったのだ。嘉十と鹿の心が通じ合い、彼には「鹿のことばがきこえてきた」のだ。鹿は、嘉十の手拭の正体が分からない。生き物か、団子に仕掛けられた罠か、鹿が代わる代わる手拭に近づき、覗き込み、匂いをかぎ、触ってみる。鹿の警戒心と好奇心が織り交ざった会話が、方言を使いながらユーモラスに語られる。
 鹿は、熊やイノシシ、虎などと違い、獰猛な動物ではない。猛獣の仲間ではない。人間にも優しく、柔和である。金華山や奈良の春日大社の鹿は、人間と仲良しだ。しかし、犬や猫、牛や馬のように家畜として飼われていない。犬は家畜として、人間と共に生きてきた。気難しくて、我侭で、勝手放題の人間に、奴隷のように飼われてきた忠実な動物だ。しかし、鹿は違う。
 鹿という動物は、自分達だけで独自の群れをつくり、群生している。サルも群生だが、サル軍団のようなボスがいないのではないか。共に助け合いながらの共生型の群生だが、人間からは警戒して距離を置き、自立して共生する生き方がとても興味深い。
 鹿は、人間から自立するためにも、強い警戒心をもっている。嘉十の手拭を巡っての異常な警戒心と行動が、面白おかしく語られている。一方で強い警戒心を持ちながら、他方でまた好奇心が異常なほど強い。警戒心と好奇心は矛盾する。警戒するなら近寄らなければ良い。しかし、団子への食欲より、手拭への好奇心が先にたつ。物見高く、モノ珍しく、しかし警戒しながらの共生型の群生だろう。
 6疋の鹿たちが、好奇心に駆られながら、警戒の末に嘉十の手拭に下した結論、それは「こいづあ大きな蝸牛の旱からびだのだな」、つまりナメクジの干からびたもの。安心した鹿たちは、一斉に踊りだした。いよいよ「鹿踊りのはじまり」だ。方言で歌いながら群舞する。
     
   「のはらのまん中の  めっけもの
    すっこんすっこの  栃だんご
    栃のだんごは  結構だが
    となりにいからだ  ふんながす    
    青じろ番兵は  気にかがる
     青じろ番兵は  ふんにゃふにゃ
    吠えるもさないば  泣ぐもさない
    瘠せで長くて  ぶぢぶぢで
    どごが口だが  あたまだが
    ひでりあがりの  なめくじら。」

 好奇心を満足させ、警戒心から解放された喜びの歌と踊り、それが「鹿踊り」だ。踊りながら歌いながら、安心して嘉十が残してくれた団子を仲良く、一口づつ食べる。鹿たちの共生型群生は、分配も公平だった。「6疋めの鹿は、やっと豆粒のくらいをたべただけでした。」歓喜の合唱は、さらにひとりひとり鹿の輪唱に変わる。歌と踊りは、夕日に映える自然と一体になりながら、そして嘉十も巻き込みながら、自然の巨大な交響曲のように盛り上がる。
 「嘉十はもうまったくじぶんと鹿とのちがいを忘れて、<ホウ、やれ、やれい。>と叫びながらすすきのかげから飛び出しました。」
 驚いた鹿は逃げ出し、嘉十も「ちょっとにが笑いをしながら」自分の手拭を拾い、また西の温泉に向かって歩き始める。

 賢治は、最後に「わたしはこのはなしをすきとおった秋の風から聞いたのです」と、書いている。秋の風が語ってくれた、「野原に行われていた鹿踊りの、ほんとうの精神」とは何か。賢治の設問には、読者がそれぞれ自分で考えて、答えるべきだろう。
 この童話が収録されている『注文の多い料理店』、自費出版だったこともあるだろう、その宣伝文を賢治自ら書いていた。そこで「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」と明記した。賢治は一人の日本人Utopist として、岩手県をユートピアに見立てつつ、「イーハトヴ」の造語地名を考え付いたのではないか?それには英W・モリスなどのUtopistの思想の影響があったと思う。
 このUtopist の思想には、自然との共生を踏まえた、共同体の相互主義と連帯の共助の思想が強い。賢治は、北上山地の「鹿踊り」の共生と共助の歓喜の歌と踊りに、自らの「イーハトヴ」の夢を描き、そこに生きる地人像(羅須地人協会の地人)を湯治に出かける農民「嘉十」に求めたのではないか。有名な『注文の多い料理店』の序文にある「ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたしはそのとうり書いたまでです」という賢治の言葉を実感できる作品だろう。
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by kenjitomorris | 2008-03-03 12:16
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