賢治によるモリスの継承:「民衆の芸術」
<情報コーナー>
 1)館の庭に、「イングリッシュ・コテージ」と並んで、同じ雰囲気の漆喰で塗り固めた可愛いコテージを設置しました。ガーデニングの道具入れの「物置」として使いますが、春の若葉に美しく映えると思います。
 2)12月14日午後、仙台市立松陵西小学校4年生76人、保護者約40名に賢治の「雨ニモマケズ」を朗読、「地人芸術」と人間像を話しました。賢治グッズを持参、森のミュージアムの出前授業でした。生徒は熱心、質問も出るし、感想文も沢山書いてくれました。大学の講義より楽しい授業でした。
 3)今年は雪が少ないのですが、昨年末で館は「休眠」に入りました。3月末、雪が解け始めてオープンします。宜しくお願いします。
<研究ノート>
 館の来訪者の質問もそうだが、賢治へのモリスの影響、とくにモリスの著作の何が賢治に影響したか?よく質問される。すでに指摘のとうり賢治の『農民芸術概論』、その「綱要」、とくに「農民芸術の興隆」の「書き込み」には、モリスの名前だけでなく、「芸術の回復は労働に於ける悦びの回復でなければならぬMorris ”Art is man’s expression of his joy in labour”」も引用されている。モリスからの影響は動かし難いことだし、さらに「書き込み」の農民芸術に対する賢治の考え方、とりわけ労働観は、モリスの考えそのものだと思う。
 ただ、『概論』は未発表のレジュメだし、モリスの名もメモ風の「書き込み」に出てくるだけだ。それ以上のことは、自らが墓場に入ってから、賢治に直接聞き質すほかない。あくまで状況証拠ともいえる資料を集めて判断することが必要だろう。伊藤与蔵さんの「聞き書き」も、そのひとつの証拠だが、それにより賢治がモリスそのものから、広く労働観を中心に農民芸術を羅須地人協会で講義していたことが、一層具体的に明らかになった。状況証拠をもう少し探してみたい。
 モリスは、1879年にバーミンガムの「芸術協会」「デザイン学校」で講演した。そのタイトルは、「民衆の芸術」The Art of the Peopleだった。
 その中で、モリスはイギリスの村落の職人たちの手作りの仕事に触れながら、「毎日、槌は金敷の上に鳴り、ノミは樫の梁の上におどり、そこから何らかの美と独創の生まれない日はなかった。したがって、なんらかの人間の幸福のない日はなかった。
 ---この最後の言葉は、諸君にお話するためにここに私の来た目的の核心へと私をみちびく。私は諸君に誠心誠意、それについて考えていただきたい。」その上で、次のように述べる。
 「私の理解する真の芸術とは、人間が労働に対する喜びを表現することである。その幸福を表現しなければ、人間は労働において幸福であることはできないとおもう。特に自分の得意とする仕事をしているときには、この感が甚だしい。このことは自然の最も親切な贈物である。」(中橋一夫訳)
 ここには、モリスの労働論、芸術思想、さらに環境芸術の考えが凝縮されて述べられている。そして、モリスからの賢治の引用は、「真の芸術とは、人間が労働に対する喜びを表現することである。」念のため英文も挙げておくと「real art is the expression by man of his pleasure in labour.」だ。少し字句に違いがあるが、表現はほとんど同じである。
 モリスの同じような意味と表現は、他にも出てくるもので、いわばキャッチフレーズになっていたとも言える。1884年、マルクス『資本論』を初めて読んだあと、オックスフォードのユニヴァーシティ・カレッジで「芸術と民主主義」(のち「金権政治下の芸術」に改題)という有名な講演をした。この講演で、モリスは先輩のラスキンの前で、自ら社会主義者であることを公言した。そして、労働と芸術の関連を述べ、ラスキンの所説を要約しながら「芸術の回復は、労働の於ける悦びの回復でなければならぬ(Art is man’s expression of his joy in labour),若しこれがラスキン教授の直接の言葉でないとしても、少なくとも教授の芸術に於ける定義を体現したものである。これより重要な真理は、いまだかって述べられたことがない」と力説した。
 こうした講演が、ラスキンからモリスへの労働観、「労働の芸術化、芸術の労働化」として、かなり一般化していたのだ。たとえば、モリスの講演集などの翻訳もある本間久雄氏も、「ウィリアム・モリスは<芸術とは、吾々の労働の中に醸される快楽の表現である>と云ったが、実際至言である」(『生活の芸術化』)と紹介している。モリスの至言、名言として、かなり一般化して多くの論文に紹介されていた。
 なお、この「民衆の芸術」は、最初のモリスの講演集『芸術の希望と恐怖』に収められ、わが国でも1922年(大正11年)に翻訳紹介されている。さらに、モリス芸術論の代表的論稿として、翌年にも、別の訳者によっても訳出されたのだあり、戦後も1953年、上記の中橋訳として岩波文庫にも収められた。だから、モリスの芸術論としては、ごく普通に一般的なフレーズとして流布され、賢治も「書き込み」に引用したのであろう。また、「芸術と民主主義」も、「金権政治下の芸術」のタイトルで、同時に翻訳紹介された。
 ついでに触れておくが、室伏高信『文明の没落』でも、「ウヰリアム・モリスは芸術をもつて労働における喜びの表現―Art is man’s expression of his joy in labour-というた。」と引用している。賢治は、『文明の没落』を読み、引用もしていたから、このフレーズについては、室伏のものを使用したのかもしれない。しかし、室伏はアダム・スミスやW・ゴトヰンなど、労働と芸術についての諸説を多数引用紹介する中で、特に引用箇所の原典も指摘せずモリスの一句を挙げているだけだ。また、モリスの芸術論に特に立ち入っているわけでもない。
 いずれにしても賢治は、当時すでに翻訳紹介されていた「民衆の芸術」など、さらに堺利彦が紹介した『理想郷』なども広く参考にして、「農民芸術概論」を構想したものと思う。だから「農民芸術の興隆」の「書き込み」でも、さらに賢治は「労働はそれ自身に於て善なりとの信条」など、モリスの芸術論の内容に踏み込んでいる。「明らかに有用な目的 休息自らの創造」など、芸術と労働の関係が多角的に論じられているのだ。少なくとも「農民芸術概論、そして羅須地人協会の活動は、モリスの芸術思想・社会思想の影響が大きいと見るべきだろう。   
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by kenjitomorris | 2007-01-03 23:19
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賢治とモリスの館 - 最新情報
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