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続:漱石とモリスの接点を探る
 漱石は、1900年に文部省からロンドンに留学した。そのとき、一緒にベルリンに留学したのが、藤代禎輔(号は素人)だった。2人はともに帝国大学、文科大学を卒業、旧制の高等学校で教職についていたが、海外留学で漱石が英語・英文学、藤代は独語・独文学を研究するために、それぞれロンドンとベルリンに出かけたのだ。それに芳賀矢一ほか2名、合計5名が同じ船で洋行の旅に出かけたとのこと。
 
 この留学の話を、藤代素人が「夏目君の片鱗」のタイトルで、『漱石全集月報』第5号(昭和3年7月、第5回配本付録)に書いている。ヨーロッパに出かける旅の話が中心だが、ロンドンで一人ぼっちになった漱石が、「君達は賑やかで羨ましいね。僕は一人ポッチで淋しい」と葉書をくれたり、さらにこんな手紙も紹介している。
 
 漱石が、病気で帰国する友人をロンドンで常陸丸に見舞い、その友人がベルリンの芳賀矢一に寄こした書信の内容である。「帰朝の航海中芳賀君へ宛てた書信の都度、俳句めいたものを書き送ったが、倫敦碇泊中の端書に<戦争で日本負けよと夏目云い>と言う一句があった。憂国の士を以って自ら任じ、人からも許された同君と常陸丸の船室で夏目君が会見した折り、倫敦辺りにうろついている、片々たる日本の軽薄才子の言動にオウドを催して居た君が、此奇矯の言を吐いた光景が眼に見える様である」と。
 漱石は、「戦争で日本負けよ」と考えていた。反戦どころか、反日の思想であり、だとすれば思想的立場としては、堺枯川や幸徳秋水など、平民新聞の立場に共感するのは当然だろう。マルクス主義の積極的な受容であり、実際ロンドンで漱石は『資本論』を購入し、興味をもって読んでいたらしい。だから、1902年3月15日付けの中根父上宛の書簡でも、「カールマークスの所論の如きは単に純粋の理屈としても欠点有之べくとは存候へども今日の世界に此説の出づるは当然の事と存候小生は固より政治経済の事に暗く候へども一寸気炎が吐き度なり候」と書き送っている。(漱石全集第18巻149ページ)とすれば、マルクス主義者を自認してアーツ&クラフツ運動を進めていたモリスにも、大きな関心を寄せていた事は想像に難くない。
 
 藤代素人は、漱石と一緒に帰国する予定だった。留学の経緯からもそうだったし、さらに「我々の留学は満2年の期限であった。其の期の満つる1ヶ月程前に<夏目ヲ保護シテ帰朝セラルベシ>と言う電命が僕に伝えられた。これは君の精神に異状が在ると言うことが大袈裟に当局者の耳に響いた為めである。」漱石は、一旦は素人と一緒に帰国するため、船も予約していた。しかし、ロンドンで沢山買い込んだ本の荷造りなどの理由で、素人と一緒に帰国できない事になった。漱石はロンドンに立ち寄り、心配して一緒の帰国を誘ってくれた素人を、ナショナル、ギャラリーなどに案内、さらに自分の下宿にも泊めて、「其翌日君にケンシントン博物館と図書館を案内して貰い、図書館のグリル・ルームで一片の焼肉でエールを飲んだ。<モウ船まで送って行かないよ>と言う言葉を最後に別れた。
 君は僕より二タ船後れて明治36年の正月帰朝した。」

 漱石と素人、2人がロンドンで最後に食事をした「ケンシントン博物館」、これは1899年V&Aに改称されたが、漱石が出かけていたモリスのあの工芸博物館に違いない。その「グリル・ルーム」、それはモリスもデザインに関係した、「グリーン・ダイニングルーム」であり、お気に入りのダイニングルームに素人を案内して、ロンドンでの最後の別れをした。そんな推理は間違いだろうか?
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by kenjitomorris | 2010-04-02 19:48
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